惑星の並ぶ丘で


by てんてんこまる
 まったく、一生懸命という時になると、彼女の魅力は最大限に発揮される。
額が汗で光って、前髪がおでこにはりついて、手にはガーゼのハンケチをにぎ
りしめ、フレアーのスカートが風に舞って、彼女のまっすぐな足が、地面を踏
みしめた時、僕は、彼女を女神サマよりきれいだと思った。そして彼女は言っ
た。
「さようなら。」


 今年、金星、地球、火星3つの惑星が縦一列に並んだ。
 彼女はこの「さよなら」を実に朗らかに微笑みながら言ったのだった。
「えっ!?」
「言ってたでしょ。チームリーダーに選ばれたのよ。ずっと夢だったの。」
 地球では、水星でのパレードを行うことになっていた。そのパレードのバト
ンのチームリーダーの面接に彼女はパスしたのだった。
「私、あちらに住むことになるの。だからもう会えなくなるわ。」
僕はといえば、自転車のペダルを足でもてあそんでいるだけで、すると、彼女、
「ね、川へ行かない?あの、川べりに。小さいころよく一緒に遊んだじゃない。
さよならするまえに、ね。」
いつもこうだ。


「水は冷たいよ。」
「ちょっとだけよ。サンダル見ていてね。」
サンダルを石の上にそろえておくと、フレアーのスカートが濡れるのも気にし
ないで、まるで綱渡りをするみたいに彼女がゆっくりゆっくり、川の中へ入っ
ていく。何かの映画の主題歌だったろうか。彼女が楽しい時に口づさむちょっ
とセンチメンタルなメロディの歌。
 10分もすると、彼女の足は真っ赤になってしまった。
「足がちぎれちゃうわ。」
「ほら、みろ。」
「あれ、サンダルは…?」
「あっ…。」
サンダルはとうに流されてしまっていた。
「ごめん。」
「いやよ。帰れなくなるじゃない。ひどいわ…。」
驚いたことに彼女は子供みたいに泣き出してしまった。
「あっ、ほら僕のスニーカーを貸すよ。履けよ。」
「返せないもん。」
「返さなくたっていいよ。捨てちまっていいよ。な。」
いやいやしながら泣いている彼女を、僕はどちらかといえば幸せな気持ちで見
ていた。結局、彼女をおぶって自転車のところまで行き、後ろにはだしの彼女
を乗せて家まで送っていった。実際彼女は、しばらく泣いていたが、僕の背中
では楽しい話なんかしながら、コロコロと笑って、二人乗りをしている間ずっ
と機嫌が良かった。
 家の前までくると、彼女はうつむいた。また泣くのだろうと思っていたら、
彼女は恥ずかしそうに笑いながら僕のスニーカーを指差した。
「そのスニーカー、やっぱりくれる?」
「ああ、そんなこといいけど、ねえ、ぼくたち、やっぱりさ…。」
「いやよ。そんなこと言っては。ね。さようなら。」
やっぱり彼女はきれいだ。
 その夜、僕は夢を見た。おかしな夢だった。丘から惑星が見える。川の流れ
る海のほうに金星が、振り向くと火星があった。金星は月みたいで、火星は太
陽みたいだった。火星は赤く燃えて、周りを夕やけ色に染めていた。その中を
僕と彼女はサンダルを追いかけているのだ。火星はいつまでも沈まない。いつ
までもいつまでも2人でサンダルを追いかけていた。
 目が覚めた僕は、
「僕のスニーカー、星になるんだな。」
なんておかしなことを言ってしまった。
F I N
 トップにもどる