うさぎ


by てんてんこまる
 恋人との待ち合わせを「夏忘れの丘で、サテンの夜まぎわ」と決めて、それ
ぞれの淋しい時をうめあわせ、やっと会えるというその時に、僕が捕まってし
まったうさぎちゃんは、大きな胸に抱きしめた小さなプレゼントを何かの記念
日だからとか何とか言って僕に無理矢理に手渡したのだった。
 恋人との待ち合わせに遅れそうだった僕は、そのコの名前を思い出すのをあ
きらめて、こめかみのあたりにキスをしてあげてさよならした。
 僕は、ムーンドロップが6つもついた自慢のバッグを自転車のかごに放り投
げると、自転車をたちこぎして、収穫祭を前にした夏忘れ草が咲き誇る丘へと
急いだ。
−胸騒ぎがした−
 何か探し物をしていた様子の彼女は、僕が遅れてきたことはどうでもいいと
いう風に手をヒラヒラとふってちょっと口元で微笑んだ。彼女はいつだってす
べてを許してくれる。
「何をさがしているの?」
「星の子が泣いているのよ。」
「ほんとだ。」
僕にはさっぱり聞こえなかったのだが、耳を澄まして、分かったという顔をし
て、僕も星の子を探しているフリをした。しかし、小川の小石の影にうずくま
るようにして泣いている、あわれな小さな子どもを見つけたのは僕が先だった。
 そっと近づいた彼女は、おびえたあわれな小さな子どもを見つめ口元だけで
微笑んだ。彼女に気がついた星の子は一緒に微笑むと、青い光を放ちながら消
えていってしまった。
 そして、彼女の目が見えなくなった。
 それでも、彼女の瞳はヴァイオレットブルーの憂いを持った美しい瞳で空中
の何かを見つめ、口元だけで微笑んだ。それだけで、僕はすべてを許されたよ
うな気持ちになったし、僕はギターも歌もうまかったから彼女を喜ばすことが
できた。花を摘んできては彼女ににおいを嗅がせ、当てさせるというゲームも
考えた。僕たちだけのメロディーもできた。誕生日には大きなケーキのろうそ
くを吹き消して、2人で食べた。彼女はいちごの場所が必ず分かっていて、僕
が2個ぐらい食べるあいだに5個は食べてしまうというぐらいだった。
 僕らはなかなか上手く行っていた。
 うさぎちゃんへのキスは、こめかみからそのふくよかな胸の真ん中の小さな
膨らみへと移っていた。うさぎちゃんは、その白すぎる腕で僕の頭を抱くと僕
の後ろ髪を強く引っ張るから、僕らはイケナイことを何度かした。
 彼女が僕の足音に振り返らなくなった。ギターや僕の歌にも居眠りをするよ
うになった。耳も聞こえなくなっていたのだ。
 うさぎちゃんがぴょんぴょんと跳ねて別の人のところにいってしまう頃には、
もう、僕の布団の中で可愛らしい寝息を立てて眠っている彼女を見ることしか
できなくなっていた。もう、星の子に彼女を譲らなくては行けない。
 最後に彼女が口元だけで微笑んだ。僕はすべてを許されていた。
 星の子が降りてきて、彼女を連れていった。
F I N

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