by てんてんこまる
サテンの夜に、ワンフレーズしか思い出せない歌をおんなじところをぐるぐる
歌いながら歩いていましたら、誰かにふと抱きしめられるような苦しさ、思わず
「あっ」と小さな声を漏らすと、はっとしてそれはなくなってしまい、私はなぜ
だか、とてもさみしくなりました。
次のサテンの夜、どうしてもワンフレーズしか思い出せない歌に気を取られて
いると、とても体の大きな、ぴかりんと光るおでこの素敵な男性が−せつなそう
に微笑んで−待っておりましたので、「ああ、この人だったのか」と思い、彼の
太い首をしっかりと抱きしめたのでした。
月見うどんなんかを二人で食べて、彼はすごくおいしいといって笑い、「こう
するとおいしいのよ。」と言って私が七味唐辛子を少しかけると、くしゃみが出
て、また笑いました。
夜のボートで何十回もキスをして、野外コンサートのポスターを見つけると、
次の約束をして、それでもなお離れがたく、泣く泣く手を振る二人。
一週間がなんと待ち遠しかったことか。
けれど、コンサート会場に彼がくることはありませんでした。またさみしくな
った私が空を見上げると、ぴかりんと光るおでこの素敵なお月様。ああ、そうだ
ったのかと、かなわぬ恋をひたすら悲しんでおりますと、アンコールの曲は、ど
うしても思い出せなかったあの曲。しかたがないので、歌でも歌って、あきらめ
ることにいたしましょう。
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