ローズマリー


by てんてんこまる
 美しいバラのつぼみがありました。大きな石ころとそのバラのつぼみがある
だけで、ほかには何でもない普通の野原がありました。ある雨上がりの朝、つ
ぼみを開いたバラの花は、何日かのあいだその美しい顔とかわいらしいにおい
で周りを喜ばせておりましたが、つい先日、そばを通りかかった女の子に摘ま
れて、どこかに行ってしまったのでした。
 それから、しばらくしても、かわいらしいにおいだけは残って、周りを飛び
まわっていました。
「私の名前はローズマリー。自由に空を飛べるのよ。」
「かわいそうに。花はきっと死んでしまったよ。あんたは、何だってそんなに
幸せそうなんだい?」
大きな石ころが言いました。ローズマリーは笑って答えました。
「だって、私は、自由だわ。服だって、こんなにきれいなピンク色。私が側を
通れば、いい香りにみんなは、目を閉じる。私は、みんなを幸せにするわ。あ
んな花いなくなって、せいせいしているところよ。だって私は自由なんだから。」
そうして、ローズマリーは、歌を歌いました。なんて、愛らしい声でしょう。
今まで聞いたこともないような、美しい声で、みんなは眠りました。
「しかし、わしには君の姿は良く見えんよ。それにわしは、においをかぐこと
はできないんだ。」
ローズマリーは、ちょっと困ったような顔で笑うと、またいつものようなつん
とした表情になって文句を言いました。
「はん、鼻がないなんて何てかわいそうなのかしら。自分のほうがよっぽどか
わいそうなんじゃないの。」
ちょっと立ち止まってローズマリーは、野原の真ん中の方へ駆けて行きました。
 泣いていたのです。自分こそ、花の美しさを引き立てるものに過ぎない。け
れど、それでも良かったのです。バラの花が枯れる時、自分も一緒に枯れてし
まいたかったのです。ローズマリーだって、本当は、花が大好きでした。あの
きれいで可憐で、彼女が笑うと、くすぐったいような、嬉しいような。かわいいかわ
いい花。声も立てずに泣いていたローズマリーは川の方へ漂っていったかと思
うと、遠くへ流されていってしまいました。

 夏がくる前のほんの短いあいだの出来事でした。野原はまた前の何でもない
普通の野原に戻りました。
F I N

トップにもどる