レッドシューズ


by てんてんこまる
 赤い靴は知っていたんだよ。もうすぐさよならだってこと。
 みよちゃんの、赤いピッピサンダル。
 みよちゃんがまだ歩くのが上手でなかった頃、お父さんが買ってくれた。ど
こへ出掛けるのにも履いていった。いつかおじいちゃんの自転車の後ろに乗っ
ていたみよちゃんが気がつかないうちに、脱げてしまって、泣きながら、大泣
きしながら、拾いに行った。困った顔のおじいちゃんにおんぶされたみよちゃ
んを見つけた時、サンダルは思わずみよちゃんのこと呼んだ。ピッピッてなら
して呼んだ。みよちゃんがはだしで走って拾いに来た。
 でもみよちゃんも保育園に通うようになって、お母さんがマーカーで名前を
書いてくれた布の白い靴を履いた。雨の日も、雨の日も。その靴はみよちゃん
の白いソックスをはいた細い足に良く似合っていた。
 ソフィアの赤いエナメルの靴。赤い小さなリボンがついた、細いストラップ。
ピアノの発表会のために買ってもらった。この靴のおかげで、発表会はうまく
いった。雨のような拍手がなりやまなかった。
 真紀の赤いローファー。彼女はジューンブライド。思い出と一緒にみんな、
忘れてしまおう。ベージュのヒールのパンプスは親指のつけねのところが少し
当たって痛いけど、彼が誕生日に買ってくれた。


 赤い靴たちは、みんなとても大事にされてきたから、履き込まれてはいたけ
れど、案外きれいでした。そういう大事にされてきた赤い靴だけが行く事ので
きる国、レッドシューズランドは、船に乗っていきます。いつ来るのかはわか
らないけれど、港で水平線をじっと見詰めて待っていると、大きな大きな中国
船がやってきます。証明書も何もいりません。赤い羽根の、きれいな声で鳴く
鳥がお出迎え、ジャスミンの香りに包まれて、白いふかふかの絨毯、色とりど
りのサテンのクッションが置かれたソファ…、竹の簾の奥には、レッドシュー
ズランドの女神さま、レッドシューズがキセルをふかしておりました。
 赤い靴たちは、レッドシューズランドにはいけませんと言いました。彼女た
ちが泣き虫だって事、よく知っていたから。もう少しだけ、そばにいたかった
のです。みよちゃんが自転車に乗れるようになるのを、ソフィアがピアニスト
になって舞台に立つその時を、真紀の赤ちゃんを、待ちたいのです、と。
「一年よ。そうしたら、あなたたちは消えてしまいます。レッドシューズラン
ドへも、もう行けなくなります。いいのですか。」
赤い靴たちは、静かに頷きました。すると、レッドシューズは歌を歌いました。
外国語のように聞こえましたが、意味のない言葉のようでもありました。
 そして赤い靴たちは、離れ離れになりました。
 ピッピサンダルは、みよちゃんちのそばの空き地に咲く、赤いポピーの花に
なりました。ストラップや、ローファーもそれぞれ、泣き虫さんたちのそばに
そっと寄り添いました。
 みよちゃんは、何度も転びましたが、野原の草たちは、みよちゃんができる
だけ痛くないように守ってあげているようでした。みよちゃんが泣き出しまし
た。そのとき、風に乗って、
「ピッピッ。」
かすかに聞こえたような気がして、みよちゃんが振り向くと赤いポピーの花が
こっちを見ていました。
 みよちゃんは、涙をふきました。
F I N

トップにもどる