シッポ


by キキ
 寒くなってくると、オネーチャンのお尻の上で眠る。
 ここが一番あったかくて、気持ちいいのだけれど、「重い。」といってオネ
ーチャンが怒るので朝はゆっくり眠っていられないから、つまらない。
 最近めっきり寒くなった。
 だから、夜、外を歩いている猫が少なくなって、それで、月のヤツが何か悪
いことをしようとたくらんでいる。ちょっと機嫌を損ねたら、鋭い爪で割られ
てしまうと思っているから、パチンとやられたらひとたまりもないだろうとお
びえているから、夏の頃はアタシたち猫に気を使って、声もよく、歌なんか歌
ってくれたりもするあの月が、にやにや笑って独り言を言っている。何をたく
らんでいやがるのか、気にかかる。わからないからイライラする。
 露草が咲く涼しい夜、アタシは気になっていた。オネーチャンのお尻にシッ
ポが生えそうだ。お尻の上の方が、硬かったところがシッポが生えそこないだ
ったところが、とうとう生えそうだ。
 そしてとうとう、シッポは生えてしまった。オネーチャンは気がつかないで、
お気に入りのサテンのピンク色のショーツなんかをはいているけれど、小さい、
真っ白なシッポが生えている。アタシはどうしたらいいのか困ってしまってい
る。これはどういう事なんだろう。
 しかし、それがアイツの仕業であることにどうして早く気がつかなかったん
だろう。星たちのクスクスと言う笑い声にまぎれて、はっきりと聞き取った。
「オネーチャン、オヨメサン。」
アイツだ。あの月だ。
 月はオネーチャンをお嫁さんにしたいと思っている。オネーチャンを猫にし
てしまえば、あきらめてお嫁さんになるかもしれないと思っている。オネーチ
ャンが猫になったら、さぞかしきれいだろう。手足がすんなりと伸びて、きら
りと光る大きな目は金の鈴よりも美しく、優しく甘い声でささやくだろう。
 でも、オネーチャンが猫になってしまっては、誰がアタシにご飯をくれるの
かしら。誰が、2階のお窓を開けてくれるかしら。やわらかいお胸のところで
抱っこされたい、鼻をくっつけてチュッとする。くすぐったくて気持ちいい。
オネーチャン、猫になってしまっては、だめ。猫になってしまってはだめ。
 ある夜とうとうオネーチャンのシッポが長く、長くなった。来る。あいつが
来る。オネーチャンを迎えにやってくる。アタシは、オネーチャンを守ること
ができるだろうか。
 アタシは、いつも開いているおトイレの窓からするりと外に出た。アイツが
立っていた。人間の男の姿をしている。体の大きな、銀の指輪をした男だ。あ
の、ぴかりんと光るおでこでわかる。アタシは、後ろからそっとアイツに近づ
くと、イチ、ニ、サンで飛び掛かった。(ぴかりんおでこに爪をたててやれば
よかったのだ。)アタシは、思い切り振り払われて、その時にアタマをぶたれ
たのでよろよろしてしまった。アタシは、うなり声を出した。
 するとその時、オネーチャンがおうちの中から、鍵を開ける音がした。
「オネーチャン、開けちゃだめ。」
ドアーを開けて出てきたオネーチャンは、きれいだった。パジャマからしおら
しく出た首が白く、目が金色に光っていた。手に何か持っていた。男が近づく
と、オネーチャンはその光る何かを差し出した。男ははっとして、それを受け
取りそれから切なそうに微笑むと、ふわっと浮いてそのまま空へ浮かんで消え
てしまった。オネーチャンは、きれいだった。猫みたいとも思った。
 それからまだふらふらしているアタシを抱っこして、またベッドに戻るとオ
ネーチャンは少し泣いた。
 アタシは、オネーチャンが猫みたいになったところをまた見たいとも思うけ
れど、オネーチャンが連れて行かれてしまっては困るので、うつ伏せに眠る癖
のオネーチャンのお尻の上で、もうシッポが生えてこないよう見張っている。
そしてそのうち眠ってしまい、オネーチャンに怒られている。
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